ツイッターでアップしていたフリスリ短文詰め合わせその5。全4話です。
【出来損ないの妹】
「今日は暑いな……」
初夏を迎えたアスク王国。
特務機関に所属する英雄達のほとんどは、過ごしやすい季節がやって来たと喜んでいるが、ニフルの寒さに慣れたフリーズはすでに夏のような暑さを感じていた。
「お前は暑くないのか、スリーズ」
しかし自分と同じくニフルで育ったはずの双子の妹は、文字通り涼しい顔で過ごしているので不思議に思ったフリーズがそう訊ねる。
するとスリーズは、少し悲しげな微笑みを浮かべてこう言った。
「……こちらの世界に召喚されてから、寒さも暑さも感じなくなったのです」
「寒さも暑さも……」
妹の言葉にフリーズが言葉を失う。
スリーズは一度命を失い、特務機関の召喚師エクラの力でアスク王国に蘇った身。
仮初の命が出来損ないであってもおかしくない。
「なら、エクラの手が暖かいと言っていたのは……?」
「あれは嘘です。
本当はエクラ様の手に触れても何も感じない。この世界の空気がどのようなものであるかも分からない。
エクラ様がそれを知ったら、私を死者でも生者でもない存在として召喚したことを悔やまれるでしょう。
だから私は、まともなふりをし続けているのです」
恩人のために、まともではないのにまともなフリをする。
これほど辛く悲しい嘘が他にあるだろうか。
「すまない、スリーズ……」
誰も傷つかせまいとするスリーズの嘘に気づかなかったことにフリーズは詫び、その瞳から涙が溢れかける。
その涙を拭ったのは、スリーズ本人だった。
「泣かないでくださいませ、兄様。
兄様の存在で、私は救われたのですから……」
「私が救いに……?」
妹を守ることが出来ず、今もこうして妹の嘘に気づけなかった自分のどこが救いなのだろう。そう思い心の中で自分を責め立てるフリーズにスリーズが言う。
「この世界に来て、私はすべてを感じることが出来ない身体になりました。
けれど双子だからでしょうか……兄様の存在だけは、この身で感じることが出来るのです。
こうやって流れる涙の熱さも、頬の柔らかさも。すべて……。
貴方に触れている時だけ、私は今たしかに生きていることを感じられるのです……」
「それはまことか。スリーズ……」
フリーズが手を震わせながら、微笑むスリーズの頬にその指先を触れる。
「はい……兄様の手は、とても冷たいですね……」
生きる喜びに満ちた瞳でスリーズは言う。
兄の手がなければ、自分が生きているのか死んでいるのか分からず正気を失っていただろう。
この手の温もりがあったから、召喚されたこの世界でスリーズは生きていくことが出来たのだ。
「ならもっと、生きていることを感じてくれ……!」
そう言ってフリーズはスリーズのために、兄の存在以外を感じられなくなった出来損ないの妹の身体を抱き締めた。
【聞こえぬ心臓】
「だいぶ治ってきたな……」
スルト暗殺を謀り、奴に強襲をかけた際に受けた火傷の痕。
魂さえも焼き尽くすような炎によって付けられた傷痕は深く、完治は難しいだろうと治療を行ってくれた特務機関の癒し手から言われていたが、私の中に流れる氷竜ニフルの恩恵なのだろうか。消えないと思われていた火傷の痕は少しずつではあるが消え始めていた。
「いや、氷竜ニフルの加護ではない。お前のおかげだな、スリーズ……」
そう言いながら私は左半身を見る。
まだ火傷が残る右半身に対し、左半身は傷が一つも見当たらない。
これはきっとスリーズが……スリーズの魂が私を守ってくれていたからだ。
スリーズはいつも私の左側にいた。
私は右手で剣を振るう。だからスリーズが左側にいてくれると守りやすくて良い。以前はそう考えていた。
しかし実際はそうではなかった。
スリーズは剣を取る手とは反対側になる左側を、その身を持って守っていてくれたのだ。
心臓のある左側を……。
スリーズの加護があったから、私は今こうして生きている。
「でも、どうしてだろうな……」
生きているはずなのに、心臓が動いている感覚がない。
私の心臓はどこへ消えてしまったのだろう。
「なあ、スリーズ……」
お前が守ってくれた心臓は何処にある?
「答えてくれ……スリーズ……!!」
それに答える声も、どこからも聞こえてはこなかった。
【そこに映るのは】
暴虐な侵略者の手から国と民を取り戻し、フリーズは祖国ニフルの国王となった。
しかし失われた命が戻ることはない。
フリーズはムスペルとの戦いで、もっとも大切な存在を失った。
双子の妹であるスリーズを失ったフリーズの悲しみは計り知れない。
それでもフリーズはニフルの王として、スリーズを失った悲しみを表に出すことなく政務に励んだ。
だがそれも昼の間だけ。夜の帳が下り、一人の時間が訪れるとフリーズは心の隙間を埋めるためにある服に袖を通していた……。
「スリーズ……」
マーメイドラインのスカートに、指先まで伸びた長い袖。首もしっかりと包み隠され、外に見えるのは顔ぐらいというエメラルドグリーンのドレス。
氷のように磨き抜かれた姿見に、スリーズの服を着たフリーズが映っている。
フリーズは夜な夜な一人、亡き妹の服を着てはこうして鏡の前に立っていた。
スリーズを失ったことで空いた心の穴は、スリーズでしか埋めることが出来ない。しかしスリーズはもうこの世にいない。
だからフリーズは、双子の兄である己自身がスリーズになることで心に空いた穴を埋めていた。
スリーズと同じ服を着ているといっても、サイズが違いすぎるのでこれは秘密裏に作らせたもの。けれど職人が女性用のものと間違えたのかサイズは少々小さめで胸や尻のあたりがキツく感じられる。
同じものはスリーズの形見である氷の花の髪飾りと、フリーズの身体に流れる血……。
この身にはスリーズと同じニフルの血が流れている。
同じ母の腹の中に同じ月日の間いて、同じ日にこの世に生まれた。
「なのに何故、お前と私はこんなにも違うんだ……!!」
スリーズと同じもので作られ、同じ服を着ているはずなのに鏡に映る姿はスリーズではない。
そこに映るのは似合わぬ女の装いをした、男の姿だけだった。
【真夏の熱】
「兄様ー。はい、これお土産ー」
「ありがとう、ユルグ」
フリーズはそう言いながら、末妹のユルグの手の上に乗った小さな貝殻を受けとる。
先日ユルグは、長姉のスリーズと共に南の海に旅行に行った。
政務があるため国を離れることが出来なかった兄のために、ユルグはちゃんと南の海らしいお土産を持ってきたのだ。
「ユルグは良い子だな。それに対して姉のお前ときたら……」
留守番をしていた兄のためにユルグは土産を用意したというのに、姉であるスリーズは手ぶらで帰って来ている。
良い年をした大人が、気遣いという点で妹に負けて良いのだろうか。
フリーズは呆れるあまりため息をつく。
そうしているフリーズに、スリーズがうふふと微笑みながらこっそりと耳打ちをする
「まあまあ。そう言わないでくださいませ。
兄様には小麦色に日焼けした私を差し上げますから」
そう言いながらスリーズが、チラリと服の胸元を広げフリーズに見せつける。
そこには、日焼けをし水着の跡がくっきりと残ったスリーズの乳房があった……。
ごくり……。
ニフルに居ては拝めないような綺麗な日焼けの跡が残る乳房を見て、フリーズは思わず生唾を飲み込む。
日焼けの跡は、スリーズの白い乳房を更に白く淫らに見せている。
健康的な色であるはずの小麦色の肌が、今はとても艶かしく見えていた。
「このお土産で満足してはいただけませんか?」
「そういうことなら仕方ない」
思い出もまた旅の土産だ。
こういう土産もたまには良いだろう。
「では夜に、南の海の土産話を聞かせてもらおうか……」
スリーズの耳元で、フリーズがそう囁く。
「はい。朝までじっくりお話したいですから、今夜は寝かせないでくださいね……」
「分かっている。そのようなこと、お前に言われるまでもない」
あんなにイヤらしい日焼けの跡を見せられて、スリーズを寝かせられるわけがない。
その夜フリーズは、スリーズの肌で存分に真夏の熱を感じた……。
「今日は暑いな……」
初夏を迎えたアスク王国。
特務機関に所属する英雄達のほとんどは、過ごしやすい季節がやって来たと喜んでいるが、ニフルの寒さに慣れたフリーズはすでに夏のような暑さを感じていた。
「お前は暑くないのか、スリーズ」
しかし自分と同じくニフルで育ったはずの双子の妹は、文字通り涼しい顔で過ごしているので不思議に思ったフリーズがそう訊ねる。
するとスリーズは、少し悲しげな微笑みを浮かべてこう言った。
「……こちらの世界に召喚されてから、寒さも暑さも感じなくなったのです」
「寒さも暑さも……」
妹の言葉にフリーズが言葉を失う。
スリーズは一度命を失い、特務機関の召喚師エクラの力でアスク王国に蘇った身。
仮初の命が出来損ないであってもおかしくない。
「なら、エクラの手が暖かいと言っていたのは……?」
「あれは嘘です。
本当はエクラ様の手に触れても何も感じない。この世界の空気がどのようなものであるかも分からない。
エクラ様がそれを知ったら、私を死者でも生者でもない存在として召喚したことを悔やまれるでしょう。
だから私は、まともなふりをし続けているのです」
恩人のために、まともではないのにまともなフリをする。
これほど辛く悲しい嘘が他にあるだろうか。
「すまない、スリーズ……」
誰も傷つかせまいとするスリーズの嘘に気づかなかったことにフリーズは詫び、その瞳から涙が溢れかける。
その涙を拭ったのは、スリーズ本人だった。
「泣かないでくださいませ、兄様。
兄様の存在で、私は救われたのですから……」
「私が救いに……?」
妹を守ることが出来ず、今もこうして妹の嘘に気づけなかった自分のどこが救いなのだろう。そう思い心の中で自分を責め立てるフリーズにスリーズが言う。
「この世界に来て、私はすべてを感じることが出来ない身体になりました。
けれど双子だからでしょうか……兄様の存在だけは、この身で感じることが出来るのです。
こうやって流れる涙の熱さも、頬の柔らかさも。すべて……。
貴方に触れている時だけ、私は今たしかに生きていることを感じられるのです……」
「それはまことか。スリーズ……」
フリーズが手を震わせながら、微笑むスリーズの頬にその指先を触れる。
「はい……兄様の手は、とても冷たいですね……」
生きる喜びに満ちた瞳でスリーズは言う。
兄の手がなければ、自分が生きているのか死んでいるのか分からず正気を失っていただろう。
この手の温もりがあったから、召喚されたこの世界でスリーズは生きていくことが出来たのだ。
「ならもっと、生きていることを感じてくれ……!」
そう言ってフリーズはスリーズのために、兄の存在以外を感じられなくなった出来損ないの妹の身体を抱き締めた。
【聞こえぬ心臓】
「だいぶ治ってきたな……」
スルト暗殺を謀り、奴に強襲をかけた際に受けた火傷の痕。
魂さえも焼き尽くすような炎によって付けられた傷痕は深く、完治は難しいだろうと治療を行ってくれた特務機関の癒し手から言われていたが、私の中に流れる氷竜ニフルの恩恵なのだろうか。消えないと思われていた火傷の痕は少しずつではあるが消え始めていた。
「いや、氷竜ニフルの加護ではない。お前のおかげだな、スリーズ……」
そう言いながら私は左半身を見る。
まだ火傷が残る右半身に対し、左半身は傷が一つも見当たらない。
これはきっとスリーズが……スリーズの魂が私を守ってくれていたからだ。
スリーズはいつも私の左側にいた。
私は右手で剣を振るう。だからスリーズが左側にいてくれると守りやすくて良い。以前はそう考えていた。
しかし実際はそうではなかった。
スリーズは剣を取る手とは反対側になる左側を、その身を持って守っていてくれたのだ。
心臓のある左側を……。
スリーズの加護があったから、私は今こうして生きている。
「でも、どうしてだろうな……」
生きているはずなのに、心臓が動いている感覚がない。
私の心臓はどこへ消えてしまったのだろう。
「なあ、スリーズ……」
お前が守ってくれた心臓は何処にある?
「答えてくれ……スリーズ……!!」
それに答える声も、どこからも聞こえてはこなかった。
【そこに映るのは】
暴虐な侵略者の手から国と民を取り戻し、フリーズは祖国ニフルの国王となった。
しかし失われた命が戻ることはない。
フリーズはムスペルとの戦いで、もっとも大切な存在を失った。
双子の妹であるスリーズを失ったフリーズの悲しみは計り知れない。
それでもフリーズはニフルの王として、スリーズを失った悲しみを表に出すことなく政務に励んだ。
だがそれも昼の間だけ。夜の帳が下り、一人の時間が訪れるとフリーズは心の隙間を埋めるためにある服に袖を通していた……。
「スリーズ……」
マーメイドラインのスカートに、指先まで伸びた長い袖。首もしっかりと包み隠され、外に見えるのは顔ぐらいというエメラルドグリーンのドレス。
氷のように磨き抜かれた姿見に、スリーズの服を着たフリーズが映っている。
フリーズは夜な夜な一人、亡き妹の服を着てはこうして鏡の前に立っていた。
スリーズを失ったことで空いた心の穴は、スリーズでしか埋めることが出来ない。しかしスリーズはもうこの世にいない。
だからフリーズは、双子の兄である己自身がスリーズになることで心に空いた穴を埋めていた。
スリーズと同じ服を着ているといっても、サイズが違いすぎるのでこれは秘密裏に作らせたもの。けれど職人が女性用のものと間違えたのかサイズは少々小さめで胸や尻のあたりがキツく感じられる。
同じものはスリーズの形見である氷の花の髪飾りと、フリーズの身体に流れる血……。
この身にはスリーズと同じニフルの血が流れている。
同じ母の腹の中に同じ月日の間いて、同じ日にこの世に生まれた。
「なのに何故、お前と私はこんなにも違うんだ……!!」
スリーズと同じもので作られ、同じ服を着ているはずなのに鏡に映る姿はスリーズではない。
そこに映るのは似合わぬ女の装いをした、男の姿だけだった。
【真夏の熱】
「兄様ー。はい、これお土産ー」
「ありがとう、ユルグ」
フリーズはそう言いながら、末妹のユルグの手の上に乗った小さな貝殻を受けとる。
先日ユルグは、長姉のスリーズと共に南の海に旅行に行った。
政務があるため国を離れることが出来なかった兄のために、ユルグはちゃんと南の海らしいお土産を持ってきたのだ。
「ユルグは良い子だな。それに対して姉のお前ときたら……」
留守番をしていた兄のためにユルグは土産を用意したというのに、姉であるスリーズは手ぶらで帰って来ている。
良い年をした大人が、気遣いという点で妹に負けて良いのだろうか。
フリーズは呆れるあまりため息をつく。
そうしているフリーズに、スリーズがうふふと微笑みながらこっそりと耳打ちをする
「まあまあ。そう言わないでくださいませ。
兄様には小麦色に日焼けした私を差し上げますから」
そう言いながらスリーズが、チラリと服の胸元を広げフリーズに見せつける。
そこには、日焼けをし水着の跡がくっきりと残ったスリーズの乳房があった……。
ごくり……。
ニフルに居ては拝めないような綺麗な日焼けの跡が残る乳房を見て、フリーズは思わず生唾を飲み込む。
日焼けの跡は、スリーズの白い乳房を更に白く淫らに見せている。
健康的な色であるはずの小麦色の肌が、今はとても艶かしく見えていた。
「このお土産で満足してはいただけませんか?」
「そういうことなら仕方ない」
思い出もまた旅の土産だ。
こういう土産もたまには良いだろう。
「では夜に、南の海の土産話を聞かせてもらおうか……」
スリーズの耳元で、フリーズがそう囁く。
「はい。朝までじっくりお話したいですから、今夜は寝かせないでくださいね……」
「分かっている。そのようなこと、お前に言われるまでもない」
あんなにイヤらしい日焼けの跡を見せられて、スリーズを寝かせられるわけがない。
その夜フリーズは、スリーズの肌で存分に真夏の熱を感じた……。