FEH本編終了後の設定で書くアルフォンス×フィヨルム中編小説シリーズの4話目。
現代世界に戻ったエクラやオリジナルの設定が多数登場します。ご注意ください。
【スノーマジックファンタジー4】

「ニフルが異界の扉を越えてしまった……」
 
 床に開いた異界の扉を見て、アルフォンスが呆然と呟く。
 この扉はニフルが言っていた、神竜アスクがニフルをこの地から遠ざけようとした際に開いた扉なのだろう。
 ニフルはそれを、固い氷で物理的に閉ざしていた。それが無くなれば扉が開くのは当然の流れだ。
 扉の向こうには人がいるのか、突然現れた巨大な竜に驚く声と、風船が弾けたようなパンパンという軽い音が聞こえてくる。
「早くニフルを止めないと、大変なことになってしまう……!!」
 ニフルは今理性を失った状態にある。
 そんなニフルが扉の向こう側の世界で破壊の衝動の赴くままに暴れたら、その世界はニフルよりも冷たく厳しい永久凍土の世界に変わるだろう。
 考えている時間はない。手遅れになる前に扉を越えなければ。
「フィヨルム。僕はこれからニフルを止めに行ってくる」
 アルフォンスは立ち上がり、扉の前に立つ。
 そうしたアルフォンスに、フィヨルムが言った。
『では私も共に参ります』
「駄目だ! 危険すぎる!!」
 自分に着いて来ようとするフィヨルムを、アルフォンスは止めた。
 扉の向こうの世界がどのような場所なのか検討がつかないのだ。
 ニフルと同じ竜であるフィヨルムを見て、躊躇なく攻撃を仕掛けてくる者が数多くいてもおかしくない。
 せっかく出会えたフィヨルムを、そのような危険に晒すことはアルフォンスには出来なかった。
 しかしフィヨルムが決意を曲げることはなかった。
『お願いです。私も共に行かせてください。
 先の戦いで、私は最後までアルフォンスさんの隣に居ることが出来ませんでした……だから今度は最後まで、貴方と共に戦いたいのです』
「フィヨルム……」
 そう言ったフィヨルムの声に、迷いは一切感じられなかった。
 アルフォンスが挑み続けた戦いに最後まで共に居続けることが出来なかった。
 自分で選んだ結果とはいえ、それは大きなしこりとしてフィヨルムの心の中に残り続けていたのだ。
 今ここでアルフォンスと共に行かなければ、また自分は後悔し続けることになる。
『それに私は、氷竜ニフルにこれ以上過ちを犯してほしくないのです……』
 正気を保つために、ニフルの王族を犠牲にしたニフルの行いは間違っている。
 だからこそ、扉の向こう側で罪無き人を殺めるという過ちから、ニフルを守らなければならないのだ。
『私はニフル王国の第二王女フィヨルム。ニフルの王族として、氷竜ニフルが過ちを犯す前に彼女を止めなければなりません』
「そうか……わかったよ」
 最後まで自分と共に戦いたい。ニフルの王女として、氷竜ニフルを止めたい。
 そんなフィヨルムの思いを受け止めたアルフォンスが、小さく頷く。
「なら共に行こう、フィヨルム。今度は最後まで、二人で!!」
『はい!!』
 アルフォンスが手を差し出し、フィヨルムはそれを見て力強く頷く。
『私の背中に乗ってください、アルフォンスさん!!』
「ああ!!」
 フィヨルムの言葉を聞くと同時にアルフォンスが床を蹴り、白銀の竜の背に跨がる。
 そして共に戦い合うことを誓いあった二人は、異界の扉を越えた。

「くそっ! 何がどうなってんだ!!」
 
 江倉はそう言い放ちながら、手にしたアサルトライフルのトリガーを引き、後方へと下がっていく。他の兵士らも、少女らが逃げる時間を稼ごうと目の前に現れた驚異に対し銃撃を放っていた。
 異界の扉から吹雪と共に現れた巨大な竜。充分な高さがある地下室の天井に頭が届きそうなほど大きく、角の先端が石造りの天井を削り、パラパラと石屑を床に降らせている。
 これは間違いなく、特務機関ヴァイス・ブレイヴの召喚師として戦った時に遭遇したマムクートの同種族だ。
 だが、あの戦いの中で遭遇したマムクートの中で、白銀の種族は存在していただろうか?
(どこの誰かは知らんがこいつはヤバい! 殺らないと殺られる!!)
 目の前に現れた小さな山のような竜に対し、江倉の第六感は危機信号を発し続けていた。
 この竜は危険だ。気を抜いたらこの場にいる全員が殺される。
『ぐぅぅぅぅ……!!』
 竜の口が僅かに開き、そこに氷の結晶と共に青白い光が集っていく。
「マジか……!!」
 白銀の竜がブレスを吐こうとしている。しかも特大のやつを。これはもう抵抗をしている場合ではない。

「全員退避ーーーー!! 早く地上へ出ろ!! 生き埋めにされるぞーーーーー!!!!」

 そう気づいた江倉は、寺院中に響き渡るような声でそう命じた。
 切羽詰まった江倉の声と目の前の竜の様子に、マムクートに関する知識の無い現代の兵士達もただ事でないものを感じ取ったのか、その理由を江倉に聞き返すという無駄な時間を取ることなく銃を下ろし素早く地下から退避していく。
「話の分かる部下を持てて幸せだよ」  
 全員が階段を上がるのを待ってから、江倉がそう言いながら最後に階段を駆け上がる。
「そのまま全員外に出ろ! なるべく建物から離れるんだ!!」
「はい!」
『君達も早く外に!!』
『う、うん!!』
 階段を上がると江倉は、部下と敵武装勢力に捕らえられていた少女達に外に出るよう指示を出す。
 竜が扉から出てきた際の衝撃で気を失ったジェイクも、部下に担がれ寺院の外に退避していた。
 江倉達が全員外に出た後、地下から轟音と共に青白い光線が天を貫く。
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!
「うわっ!!??」
「なっ……」
 青白い光線により破壊される寺院。
「なんだ……これ……」
「江倉隊長の指示がなかったら全滅してたぞ……」
 歴戦の兵士達も、その光景はただ呆然と見ていることしか出来なかった。
 つい一分前まで自分達もあの場にいたのだ。
 もしも江倉の指示どおりに動いていなかったら……と考えた者は体をぶるっと震わせる。
 だがその震えは、圧倒的な力に対する恐怖から来るものだけではなかった。
「江倉隊長! 周りを見てください!!」
「ああ。言われなくても見てるよ……」
 破壊された寺院を中心に、周囲にあるものがすべて凍り始めている。
 竜が吐いたブレスが貫いた空からは、ちらほらと雪が降ってきていた。
「武器を持ってる奴は前に出ろ! 持ってない奴は今すぐ持て!! 下から出てくる奴にありったけの弾をぶちこむぞ!!」
「了解!!」
 あの竜をこのまま外に出すわけにはいかない。
 江倉は部下に攻撃の指示を出し、銃を構えさせる。
 引き金に指が掛けられたライフルが向けられる中、瓦礫の下から白い巨体がのっしのっしと悠然とした様子で現れた。

『ギャァァァァァァ!!!!』
「うてーーーーーー!!!!」

 竜の咆哮と同時に、江倉達がトリガーを引く。
 しかし無数に放たれた銃弾は竜の巨体の前に出現した氷の壁に阻まれ、それをすり抜けた弾も竜の固い皮膚に弾かれてしまった。
「嘘だろ……」
「化け物かよ……」
(その通りだよ)
 銃弾をものともしない竜を目の前にして唖然とする部下達の声を聞きながら、江倉は心の中でそう返す。
 竜とは化け物だ。訓練を受けていない人間が相手に出来るものではない。
 アスク王国で出会った英雄達が竜を相手に一歩も引かず戦えていたのは、竜の驚異に対する訓練を受けていたからだ。
(こいつらは優秀だ。だが竜相手にドンパチするような訓練は受けてねえんだよ)
 経験さえ積んでいれば、こちらの世界の兵士達でも竜相手に充分戦えるだろう。
 しかし竜に対する知識がまったくなく、しかも突然現れたファンタジー世界の怪物を相手に戦うことなど不可能に近い。
 自分達が今持っている武器が、竜に対してどの程度の効果を発揮するかでさえ不明なのだ。
(いや。威力の方は分かったな。アサルトライフルじゃ竜の皮膚を貫通できねえ)
 歩兵の標準装備であるアサルトライフル。それが竜の装甲の前には通用しないと分かっただけでも充分な成果だ。
(結果が分からないまま攻撃を仕掛けるのは弾と命の無駄だからな)
 歩兵部隊の長であるジェイクが指揮を取れない現在、指揮権は未知との敵を前にしても冷静な態度を見せている江倉に自然と移行していた。
 本来なら狙撃班の自分ではなくジェイクの副官に指揮を任せるべきなのだが、初めて遭遇する竜相手に戦闘の指揮を執らせるのは荷が重すぎる。
 指揮官になった以上、部下を無駄に死なせることは出来ない。
(もっと有効な攻撃手段を見つけてから戦術を組み立てる必要がある。何か……何か無かったか……!!)
 今回の作戦のために用意した装備。それを思い出しながら、今すぐ作戦に組み込めそうなものはないかを考える。
 しかし今回の作戦は屋内での対人戦を前提とした電撃作戦で、威力は高いが移動の足を引っ張るような重量があるものは用意していない。竜に通用しそうな武器に心当たりがないのだ。
(使えそうなのは手榴弾ぐらいか。これも足止めぐらいにしかならねえかもしれねえが……)
 このような事態などまったく想定していない。手元にある装備だけで戦術を組み立てようとしても手段が少なすぎる。
(くそっ……せめて一つだけでも通用する武器があれば……!!)

 それさえあれば、道は開けるのに。
 
 江倉がそう思い歯軋りをした時、瓦礫の下から再び、青白い光線が天に向かい伸びた。
「そんなっ……!」
「新手か!!」
 目の前にいる竜の仲間が、扉を越えてきたのだろうか。
 瓦礫を見つめる兵士らの顔が、絶望に染まる。
 しかしそこから現れた新たな竜を見て、江倉の顔は希望に輝いた。

「氷竜ニフル!」
『これ以上貴女に罪を犯させません!!』
「アルフォンス……!!」

 青みがかった黒い髪に、眩い輝きを放つ宝珠が納められた剣。アルフォンスが……アスク王国で共に戦った相棒が、白銀の飛竜の背に乗り瓦礫の下から現れた……。

「まさか君の背中に乗って空を飛ぶ日が来るとは思ってもみなかったよ」
『私もです。この翼で空を飛ぶ日が来ること自体、考えていませんでした……』
 頬を切る風を感じながらアルフォンスとフィヨルムがそう言い合う。
 竜と化したフィヨルムの翼は氷で作られており、飛翔能力があるようには見えない。
 しかしその翼はしっかりと羽ばたき、二人を空へと導いている。
「たぶん翼そのものに飛翔能力があるんじゃなくて、魔力のようなもので浮遊している状態にあるんだ。翼は速度の調整やバランスを取るためにあるものなんじゃないかな」
『アルフォンスさん。今はそのようなことを考えている場合ではないですよ』
「そうだったね、ごめん」
 目の前にいる氷竜ニフルではなく、フィヨルムの飛翔能力に意識が向いているアルフォンスを、フィヨルムが苦笑しながら咎める。
 今はそのような状況ではないというのに、知的好奇心の方が勝り顔は少年のように輝いている。
(アルフォンスさんらしい……)
 もう何年も離れていたというのに、こういうところは変わっていない。それが少し嬉しくて、フィヨルムは思わず目を細める。
 しかしいつまでもそのような心穏やかな時を過ごすわけにはいかない。
「地上に大勢人がいる……どうやら彼らは、この世界の戦士のようだね」
『はい。皆さんブレイザブリグのようなものを持っていらっしゃいます。あれがエクラ様が仰っていた、『銃』という武器なのでしょうか』
「たぶんそうだよ。ブレイザブリグのような形状の武器は、エクラのいた世界では珍しくないものだって言っていたから」
 アルフォンスもフィヨルムも、エクラから元いた世界の知識を少しだけだが教えてもらっていた。
 その中には『銃』に関するものもあり、アスクを初めとした数々の異界では見たことのなかったブレイザブリグの形状も、エクラがいた世界では特別珍しいものではないと聞いている。
 地上には今、ブレイザブリグのような形をした武器を持った者達がこちらを見上げている。
 皆揃いの服を着ているので、彼らは規律の取れた軍の兵士と考えて良いだろう。
「そうなるとここは戦場かな」
『だと思います。民間人と思われる人々の姿が見当たりません』
「不幸中の幸いだね。これが市街地だったら被害は甚大だったよ……」
 もしもここが市街地のど真ん中であったら、突如現れた竜を前にパニックを起こし民間人に多くの死者が出ていたはずだ。
 彼らも竜は初めて見るような顔をしているが、きっと良い指揮官が居るのだろう。
 竜を前にしても狼狽えることなく、冷静な行動を取っている。
『はい。でも早くニフルを止めなければ彼らも巻き込まれてしまいます』
「そうだね。彼女は僕達が止めないと!!」
 アルフォンスはそう言うと、フィヨルムと共にニフルへ向かっていった。

「な、なんだ。あれ……」
「人が乗ってるぞ……」

 先に現れた竜よりも一回りほど小さな竜が、背中に人を乗せ飛翔しているのを見て、隊員達はザワついていた。
「アイツはどっちの味方なんだ」
 隊員の一人がそう呟く。
 見たところ、人を乗せた小型の竜は巨大な竜と戦っているように思えるが、その矛先がいつこちらに向いてくるのか分からない。
 しかしこの男だけは、彼等が自分達の味方であることを知っていた。
「俺達の味方に決まってんだろ。こっちを殺る気満々だったでっかいのと戦ってんだぞ」
「江倉隊長……」
 疑うことなくそう言い切った江倉を見て、隊員達の様子も変化していく。
「そ、そうだな。でっかい竜を俺達から遠ざけようとしているふうにも見えるし!」
「ドラゴンなんていう伝説の存在がいきなり出てきたんだ! 神話の英雄が助けに来てくれてもおかしくない!!」
 隊員達は口々にそう言い、一時失いかけていた冷静さと戦意を取り戻していく。
(よし……これならイケる!!)
 士気の高さは戦闘力を左右する。いくら装備が充分であっても士気が低ければ敗北は必至。
 未知の驚異に対し一歩も引かぬ白き騎士の勇姿は、現代の戦士達の士気を向上させるだけの力が充分にあった。
 この流れを逃すわけにはいかない。
「全隊員に通達! これより友軍と思われる竜の呼称を『白騎士(ホワイトナイト)』とする。
 白騎士への攻撃は認めない。狙撃班も良いか。間違っても弾を白騎士に当てるなよ」
『は~い』
『お任せください』
 待機場所に残してきた直属の部下二人の返答が、通信機を通して聞こえてくる。
 他の狙撃兵からも、了解という返事が聞こえた。
「歩兵部隊は敵ドラゴンとの戦闘に入る。白騎士を援護し、何としてでもやつを倒すんだ。でなけりゃ日が暮れる前にここいら一帯シベリア化するからな」
「あんなところが増えたら困りますよ」
「ウォッカもないしな」
 士気が高まり軽口を叩ける余裕が出てきたのか、隊員の一人がそう言って笑うと周りも釣られて笑う。
(よーし。これなら充分戦える。あとはアルフォンスとの連携だ)
 突如現れたファンタジー世界の化け物に腰が引けていた隊員達も、竜と果敢に戦う白騎士の姿を見ていつもどおりの姿に戻った。
 あとはアルフォンスと連絡を取るだけである。
「おい。お前の通信機ちょっと貸せ」
「は、はい」
 江倉は近くにいた隊員から通信機をもらい、それを握った手を後ろに引く。
 そして竜に股がり空を飛ぶアルフォンスの高度が下がって来た時を狙い、声の限りにその名を呼んだ。

「アルフォンスーーーー!! 受けとれぇぇぇぇぇぇ!!!!」


「この声……!?」
『エクラ様!!』

 地上から聞こえてきた懐かしい声。その声が聞こえてきた方にアルフォンスが顔を向けると、何か小さなものがこちらに向かって飛んできた。
「な、何だ!?」
 反射的にアルフォンスはそれを受け止め、手のひらに乗せた小さな何かを見る。それからは何やらボソボソと不気味な音が聞こえてきた。
『アルフォンスさん。どうやらそれは耳に付けるもののようです』
 それを投げてきた兵士が自分の耳に手をやり、これこれ! と言うかのような仕草をしているのを見たフィヨルムが、アルフォンスにそれを伝える。
「これを耳に? こうかな……」
 その兵士が付けているように、アルフォンスも小さなものを耳に掛ける。
 するとそこから、人の声が聞こえてきたではないか!

『アルフォンス。久しぶりだな』

 道具を投げてきた兵士が、こちらに向かって手を振っている。
「エクラ……なのか……?」
 アルフォンスが知るエクラは、つねに白いフードで顔を隠していたため素顔は分からないままだった。
 声はエクラのものだが、果たしてあれがエクラなのかどうかは見た目だけでは分からない。
『ああ、お前の相棒のエクラだよ。その竜はどうした? いつの間に竜騎士になったんだ?』
「話せば長くなるんだけど、この竜はフィヨルムなんだ。
 今僕達が戦っている竜……氷竜ニフルが原因で、竜の身体になってしまっている。
 でも、君は本当にエクラなのかい?」
 目の前にいるエクラは、アルフォンスが想像していた姿とはまるで違う。
 もっと細身で戦いには向かない姿を想像していたのだが、今目の前にいるエクラは銃を担ぎ、戦士然とした姿でこちらを見上げている。
『はぁ? その竜がフィヨルム? それで氷竜ニフルだって?
 氷竜ニフルっていったらアレだろ。ニフル王国で神様扱いされてる竜。お前、なに一人で神階クラスの敵と戦ってんの?』
「こっちだって好きで戦っているわけじゃないよ。
 ニフルは寿命が尽きかけていて、理性を失っている状態にあるんだ。君がエクラなら、アカネイア大陸の竜族が辿った運命は知っているだろう?
 僕とフィヨルムは、ニフルを止める為にこの世界まで来たんだ」
『アカネイア大陸の竜族……そういえば聞いたことがあるな。そりゃ大変だ。
 まあ、詳しいことは後でみっちり聞く。とにかく今は俺がエクラだってことを信じてくれ』
「分かった、信じよう。この世界の武器の形は、君が教えてくれた『銃』というものによく似ているからね。君がエクラだと信じるには充分な理由になる」
 アスク王国にも数多の異界にも、『銃』という武器は存在していなかった。
 しかしこの世界には『銃』がある。ここが『銃』の存在を自分に教えてくれたエクラが生きる世界と考えて間違えない。
 そしてその世界で自分とフィヨルムのことを知る者は、エクラしかいない。
 彼をエクラと信じるには充分すぎる根拠だ。
「で、僕はどうしたらいい」
 あの頃のように、アルフォンスはエクラの指示を待つ。
『詳しい説明は省くが、周りにいる奴等はお前の味方だから安心しろ。これから俺達全員でお前を援護していく』
「援護って……君は戦えないだろう」
『ああ、アスク王国ではな。だが安心しろ。こっちの世界じゃ魔術師なんだよ、俺は』
「エクラ。君は何を言って……」
『アルフォンスさん! 来ます!!』
 耳に付けた道具で遠方のエクラと会話をするアルフォンスに、フィヨルムが注意を飛ばす。ニフルが放った氷弾が猛スピードで向かってきたのだ。
「!!??」
 咄嗟のことで構えが取れないアルフォンスの顔面に、氷弾が迫る。しかしそれを、小さな何かが打ち砕いた。
 パァンっ!!
「っ……!!!!」
 粉々に砕けた氷の粒が、パラパラと音を立ててアルフォンスの顔に降り注ぐ。
『大丈夫か、アルフォンス』
「エクラ……これは君がやったのか?」
 どういった魔法なのかは分からないが、エクラの言葉から察するに自分を氷弾から守ってくれたのはエクラの力に違いない。
 そう思うアルフォンスに、エクラが力強い言葉で返す。
『ああ。これがこの世界の魔法だ』
「そうか……それは頼もしいよ」
『こっちこそ、適応力が高くて助かるよ』
 アスク王国では戦う力を持たないはずだったただの召喚師が、いきなり魔術師となって目の前に現れた。
 それでも動じずすんなり受け入れてくれたアルフォンスの適応力の高さに江倉は感謝する。
『それより、俺達の魔法で出来る援護は嫌がらせと足止めぐらいだ。
 ニフルの皮膚を突き破るには、俺達の魔法じゃ火力が足りない』
 手持ちの武器では竜の皮膚の固さに銃弾が通らない。しかしアスクの神器であるフォルクヴァングなら、竜の皮膚も切り裂くことが出来る。
『主力はお前だ。いけるな、アルフォンス』
 召喚師として戦術を執っていた頃のように、江倉がアルフォンスに訊く。
 そういう時の答えは、いつも決まっていた。
「ああ、いけるよ。君が指揮を執ってくれるのならね」
 あの頃のようにアルフォンスが答えると、フィヨルムの背の上でフォルクヴァングを構えた。

「ひゃー! あのスピードで飛んでく物体を一発で撃ち落としますか!」
「さすが魔術師(ウィザード)! 頼りになります!!」
「褒めても何も出ねーぞー。
 それより一班。もうちょい下がって尻尾の動きに注意。動いた時に瓦礫を飛ばされたら敵わんからな。動きそうになったら一斉攻撃でそれを止めろ。多少は勢いを殺せる。
 んで二班。お前らは竜が白騎士にブレス……あのピカーって光るやつ。あれを撃たれないように注意を引いとけ。もちろんお前らもブレスを喰らうなよ。喰らったら一発でアウトだからな。
 ブレスは直線にしか放てないから口が開きだしたら左右に散会。一ヶ所に固まらないこと。
 三班、四班は捕虜にされてた子達と一緒に街に出て周辺住民の避難誘導。なるべくこの場所から離れさせるんだ。俺たちもアイツをここから動かす気は毛頭ないが、何が起こるか分からないからな。
 五班から七班はやつの足元を重点的に狙って撃ちまくれ。そこらへんの指揮は七班のアイネに任せる」
「わ、私ですか? 班長ではなく……」
 突然一部の部隊の指揮権を渡されたその女性兵は、驚きに目を丸くする。
「班長の方は根っからの突撃兵で指揮は向いてない。お前が指揮を執った方が皆安心して戦えるし俺も安気に的を狙える」
 今だって安気に狙っているじゃないですか……と、部下に指揮を飛ばしながら竜の牙や爪が白騎士に迫ろうとするたびに竜の目を狙って銃弾を放ち、それを阻む江倉を見てアイネと呼ばれた女性兵は言いそうになる。
 しかしそれを言ってもしょうがない。江倉は部下の命を無駄にするような指揮は執らない。
 江倉が七班の班長ではなく副班のアイネが指揮を執るべきだと判断したのなら、生き残るためにそれに従うべきだろう。
「分かりました。 五、六、七班の皆さん! 皆さんの指揮はこれから私が勤めます! でっかいトカゲと無茶ぶりしてくる魔術師に目にもの見せてやりましょう!!」
 アイネの激に、隊員達がオー! と、声を揃えて答える。
「うんうん。その意気その意気」
 その様子を声だけで聞き、わずかに頷きながら江倉はそのまま銃を放った。

「凄いな……とても戦いやすくなったよ」
 アルフォンスは、統率の取れた江倉達の動きに驚きを隠せなかった。
 江倉が言ったとおり、彼らの武器はニフルにダメージを与えられていない。
 それでも煩わしさは感じているのか、動きに鈍さが感じられる。
『はい。これなら私もニフルの懐に飛び込むことが出来ます』
 フィヨルムはそう言うと、ニフルとの間に少し距離を取ってから勢いを付けて振り上げられた腕の下を潜り抜けるように飛んでいく。
「はあっ!!!!」
 ニフルの脇を通り抜ける際、アルフォンスはそこに一太刀入れる。
 他の場所に比べて柔らかなその場所は、フォルクヴァングの一撃で大きく切り裂かれた。
「エクラ! この傷を狙うよう、皆に指示を出してくれ!!」
『了解』
 竜の皮膚に攻撃が通らないとしても、傷口を狙えばダメージを与えられる。
 エクラの指示を受けた兵の一部が、アルフォンスの付けた傷を狙って銃を撃つ。
 身を守る氷の盾を出現させる間もなく、兵士らの銃撃を受けたニフルは苦痛の声をあげた。

『ぎゃあああああ!!!!』
「効いてるぞ!!」
「竜も苦痛は感じるのか……」
「ああ。火力さえあれば俺達でも竜にダメージを与えられる」
 竜は人と比べて圧倒的な力を持っているが無敵でもなければ不死身でもない。
 攻撃さえ与えられれば誰にでも倒すことが出来る相手なのだ。
 ただ今の自分ではそれが出来ないことに、江倉は歯痒さを感じる。
 そうしている江倉に背後から声をかける者がいた。
「江倉。その火力ってやつは、これを使っても無理か?」
「ジェイクさん!! もう起きても大丈夫なんですか」
「近くでこんなドンパチやられて寝ていられるか。それより江倉。質問に答えろ」
 と、気を失った状態から回復したばかりのジェイクが、あるものを江倉に見せる。
「アンチ・マテリアル・ライフル……」
 別名対物ライフル。かつては対戦車ライフルと呼ばれた、大口径の弾薬を使用する銃の名称だ。
「どこで拾って来たんですか。そんなもの」
 この銃は狙撃用の銃にあたるのだが、今回の作戦では江倉はこれを持ってきていない。
 何せこの銃。その名が示すとおりにコンクリートの壁すらぶち抜く強力な銃なのだ。
 あまりに威力が強力なので戦争放棄で規制されている「不必要な苦痛を与える兵器」に触れる可能性があるので、対人を前提とした作戦で使用するのは極力避けている。
 それに威力が大きいだけあって重量があるのだ。作戦で必要がない限り、そんなものを持って行動をしたくない。
 そんな銃をジェイクはどこから持ってきたのだろう。
「この寺占拠してた奴等の武器庫からかっぱらってきた。これならイケるだろ、江倉」
 対物ライフルの威力を知るジェイクは、江倉にそれを見せニヤリと笑う。
「ええ。一発デカイのかましてやりますよ」
 チマチマとした攻撃に嫌気が差していた江倉も、ジェイクと同じような笑みを浮かべて対物ライフルを受けとる。
 そして伏射の体勢を取ると、アルフォンスに通信を入れた。

『アルフォンス。今からちょっと威力のあるヤツをニフルの腹にぶちこむ。
 これならニフルも大ダメージを喰らうはずだ。その時きっと隙も生まれる。お前はそこで止めを刺してくれ』
「止めを……」
『アルフォンスさん……』
 エクラとの会話は、フィヨルムの耳にも届いている。
 理性を失い、多くの祖先を犠牲にしたとはいえ故郷の守り神である氷竜ニフルの命を自分達の手で断つというのは、やはり迷いを抱いてしまう。
「他の手段を探そうか……?」
 もしかしたら、命を奪うことなくニフルを止める方法があるかもしれない。
 それに懸けてみようかとアルフォンスはフィヨルムに訊ねるが、フィヨルムは抱いた迷いを断ち切るかのように首を左右にゆっくり振り、アルフォンスにこう言った。
『ありがとうございます、アルフォンスさん。その言葉だけで、氷竜ニフルも浮かばれるでしょう。
 けれどここでニフルを止めなければ、ニフルは多くの命を奪う獣と成り果てます。
 ニフルと獣ではなく氷竜として眠らせるのが、ニフルの王女である私の使命です』
 自分はニフルが罪を犯すのを止めるために、この地まで来たのだ。ニフルのためにも、その覚悟を曲げることは出来ない。
「……分かった。なら、二人で止めよう」
 フィヨルムの背の上で、アルフォンスが剣を構える。
『はい。私達二人で……!!』
 勢いを付けられるよう、ニフルから距離を取りフィヨルムはエクラの攻撃を待つ。

「いけーーーー! アルフォンスーーーーー!!!!」

 その言葉と共に、江倉が対物ライフルの引き金を引いた。
 銃声が響くと同時に、危険を察知したニフルが氷の壁を出現させる。しかし江倉が放った銃弾は氷の壁をぶち破り、ニフルの腹を破裂させた。
『ぐぎゃああああああああ!!!!』
 腹から血を噴き出しながら、ニフルが苦痛に満ちた声をあげる。
「やった!!」
「でもあの程度かよ……!!」
 コンクリートの壁を破壊する威力を持つ対物ライフルでも、竜の腹に穴を開けるまでにはいかない。
「アルフォンス。しくじるなよ……!」
 手負いの竜がどのような行動に出るのか分からない以上、ここでニフルを倒せなければ勝ち目を失う。
 そう思う江倉は、祈るようにアルフォンスを見つめる。

「フィヨルム!」
『はい!!』
 
 エクラが放った一撃により、ニフルの動きが止まる。この隙を無駄にはしない!
 フィヨルムはそう思いながら上空から急降下し、苦痛に悶えるニフルに迫る。
 するとニフルの口がこちらに向けられた。
「しまった……!!」
 苦し紛れの氷のブレスが、自分達に向かい放たれようとしている。
 地上にいる兵士達がニフルの注意をアルフォンスから逸らそうと援護射撃をかけるが、ニフルはそれを意に介さず自分に向かってくるアルフォンスとフィヨルムだけを狙う。
『シニ……ナ、サイ……!!!!』
 理性を失い、苦痛に満ちた氷竜の強烈な殺意が、アルフォンスに牙を剥く。
『だめぇぇぇぇぇ!!!!』
 ニフルのブレスが放たれようとしたとき、フィヨルムも全力でアルフォンスを守るための氷の鏡を生み出した。
『ナ……ニ……!!??』
 フィヨルムが生み出した氷の鏡はニフルのブレスを反射させ、自らの身を貫かせる。
「ありがとう! フィヨルム!!」
 それを見たアルフォンスはフィヨルムの背から飛び立つと、フィヨルムの力によって付けられた傷に剣を突き立て、そのまま一気に地上へ向かい、ニフルの腹を切り裂いた……。