Echoesのベルクト×リネアSS。
もしも二人の最後の戦いがこういったものだったら……という作品です。
【二人いつまでも】

「嘘だ……そんな……あいつが……アルムが皇帝陛下の息子? リゲル帝国の正統なる後継者?」
 声を震わせながら、ドーマ神殿へ続く階段を降りる男がいた。
 彼の名はベルクト。
 リゲルの王子にして、偉大なる皇帝ルドルフの血を引く唯一の存在であった。

 昨日までは。

 リゲル城で繰り広げられた、リゲル帝国とソフィア解放軍との戦い。
 ベルクトの伯父である皇帝ルドルフは、最期の時に自分がソフィア解放軍の将であるアルムの父であることを明かしたのだ。
 リゲルの英雄であるルフドルの血を引くのは自分だけであるという誇り。
 それを胸に抱いて今まで生きていたベルクトにとって、ルフドルが明かした真実は到底受け入れられるものではなかった。
 ルドルフの甥である責任を果たし、期待を裏切らないように努力し続けてきた。
 しかしルドルフが本当に期待をしていたのは共に過ごした甥である自分ではなく、遠く離れた場所で育った実の息子の方だったのだ。
「俺は……なんためにいままで……」
 ベルクトの耳に、信じていた世界が崩れていく音が聞こえる。
 自分が跡を継ぐことを望んでいると信じていたから耐えられた厳しい伯父の指導も、マッセナをはじめとした臣下たちからの期待も、すべて偽りだったのだ。
 誰も最初から、自分を必要としていなかったのだ。
「……嘘だ……こんなの……嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だー!!」
 今まで信じていた世界が崩れていく音をかき消すかのように、ベルクトがかぶりを振って叫ぶ。
 そのとき、小さな声がベルクトの耳に届いた。

「ベルクトさま!」
「リネア……?」

 ベルクトの婚約者リネアが、息を切らしながら祭壇の間の入り口にいた。
「お探ししました、ベルクトさま。
 まさか、こんなところにいらっしゃるなんて……。
 ベルクトさまは教団がお嫌いでしたのに」
「……そうだな。
 いきなり現れた後継者に皇帝の座を奪われ、神にでもすがりつきたい気分なのはたしかだな」
「あ……すみません、よけいなことを……」
「…………」
 自分が何故祭壇の間にいるのか、ベルクトは深く考えていなかった。
 ただ足が自然にここへ動いていた。
 もしかしたら、信じていたものすべてを失った絶望が、神の力を頼って自分をここに導いたのかもしれない。
 そんなことを考えているところに、リネアが優しい言葉をかける。
「ベルクトさま、どうかお気を落とさないで。
 アルムさまは、お優しそうな方です。
 きっとベルクトさまを悪いようには……」
「それがなんだというんだ!!」
「…………!」
 自分は命を惜しんでいるわけではない。
 命以上のものを、ベルクトはアルムに奪われたのだ。
「俺はアルムに勝ちたかったんだよ。勝って、皇帝になりたかった!
 お前を皇妃にして、このバレンシアを手にいれたかった!」
 皇帝になることが、自分に期待をかけてくれていた人々の思いに報いることだと思っていた。
 リネアを皇妃にすることで、家柄の低い彼女を揶揄する心ない陰口から守りたかった。
「それがどうだ。もはやこのリゲルすら、永遠に俺のものにはならない……」
 自分は皇帝になれない。リネアを皇妃にすることも出来ない。
 そうなることを望まれてもいない。
 ならばこれから自分は、何のために生きていけばいいのだろう。
「あいつの情けにすがって生き延びるくらいなら、潔く処刑されたほうがまだましだ!」
 夢も希望もすべて失い、余生となった人生を惨めに生き続けるぐらいなら、いっそ死んでしまいたい。
 真実を知ってから心の奥底で渦巻いていた思いを、ベルクトはリネアにぶつけていた。
「ベルクトさま……!」
 それを聞いたリネアの顔が真っ青になる。
 愛する者が生きることより死を望んでいたら、誰だってそうなるだろう。
 リネアは躊躇うように、一瞬瞼を閉じる。
 そして意を決し、ベルクトにこう言った。
「ベルクトさま。どうか、そんなことをおっしゃらないでください。
 ルドルフ陛下は、そのようなことを望んでおりません」
「なっ……!?」
 リネアの口から伯父の名が出てきたことで、ベルクトの顔が怒りに染まる。
 十年以上自分を偽り続けてきた男の名は、今のベルクトにとって禁句でしかなかった。
「ルドルフの望みだと?
 そんなの決まっている。アルムと手を取れ。アルムを支えろ。
 どうせそんなところだろう!!」
 実の息子のためにすべてを犠牲にしてきた男の望みなど、聞かなくてもわかる。
 アルムのために働いてくれ。
 そんなことを願っているのだろう。こちらの気持ちなど一切構わずに……。
 しかしリネアは首を左右にふり、ベルクトのその言葉を否定した。
「いいえ、違います。
 ルドルフ陛下は私にこう仰られていました。
 すべてお前の好きにしろ。と……」
「俺の好きに……? どういうことだ。
 それに、なぜお前にそのようなことが言える」
 リネアはその場しのぎの嘘を言える人間ではない。
 そんなリネアの素朴さを愛したベルクトだから、リネアの言葉が真実であることは疑いようがない。
 なら何故リネアは、ルドルフの言葉を語れるのだろう。
 ベルクトの問いにリネアが答える。 
「リゲル城での戦いの直前に、ルドルフ陛下は私に告げてくださったのです。
 アルムさまとのご自分の関係と、ベルクトさまへの遺言を……」
「俺への遺言だと?」
「はい。自分はもうベルクトと話し合うことは出来ないから、代わりにお前が伝えてくれと……」
 そのときのことを思い出すリネアの瞳に、うっすらと涙が浮かぶ。
「陛下は……今まで見たことがないような優しいお顔で、こう仰られておりました。
 ベルクトにはすまないことをしたと思っている。今さらアルムの臣になれと言っても納得しないだろう。
 だから自分の亡き後はお前の好きにしていい。
 リゲルを去るのも良し。アルムに戦いを挑むのも良し。
 お前がやりたいようにやるといい。
 その結果。アルムが倒れることになっても構わない。そこがアルムの限界だったというだけだ。
 これからは、お前が思うように生きろ。
 お前を傷つけた人間が言えることではないが、言わせてほしい。
 お前が居てくれて……幸せだった……」
 ルドルフから託された言葉をすべて言い終え、リネアの瞳に浮かんでいた涙は、頬を伝い落ちてきていた。
「陛下は……ルドルフ義伯父さまは、ベルクトさまのことを最後まで案じておられました。申し訳ないとも仰られておられました。
 だから死んだ方がいいなんて……言わないでください。
 そんなこと、ルドルフ義伯父さまも私も……望んでいません……!」
「リネア……」 

 ベルクトの両腕が、リネアの身体に伸びていく。
 そしてその腕はリネアの背中に回され、リネアはベルクトにそっと抱き締められた……。

「ベルクトさま……」
「ありがとう、リネア。伯父上の言葉を俺に伝えてくれて……。
 お前がいなければ、俺は伯父上の遺志を知ることは出来なかっただろう」
 ルドルフがリネアに甥への遺言を遺したのは、リネアがベルクトの婚約者だったからではない。
 裏表のない優しさに満ちたリネアの言葉ならベルクトの心にも届くだろうと信じることが出来たから、リネアに遺言を遺すことが出来たのだ。
 リネア以外の誰かと婚約していたら、ベルクトがルドルフの遺志を知ることはなかったはずだ。
「処刑されたほうがましと言った先程の言葉は取り消す。
 ひどいことを言ってすまなかった」
「いえ……! いいんです……ベルクトさまが居てくれれば、それで……」
 涙を笑顔に変えたリネアが、幸せそうな顔をベルクトの胸に寄せる。
(リネア……)
 恋人の笑顔は、絶望の淵に立っていた男の顔も笑顔にしていた。
 ずっとこのままでいられたら、どれだけ幸せなことだろう。
 しかしベルクトはリネアを抱き締める腕を離し、戸惑う恋人に背を向けこう言った。
「リネア。俺は今から、アルムに最後の戦いを挑む。
 アルムに対する恨みはもうない。
 しかし、このまま大人しく引き下がるのも、しょうにあわないのだ」
 今までの人生が無駄ではなかったことを知った。
 伯父からちゃんと愛されていたことも。
 けれど、それとこれとは話が別だ。
「俺はアルムと戦いたい。
 リゲルの王子として正々堂々、今一度アルムと戦ってみたい。
 勝ち負けはこだわらない。
 負けるなら負けるでいい。
 だが、負けるならちゃんと負けておきたいのだ。
 よくよく思い出してみると、俺はアルムに勝ったこともなければ、まっとうな負け方もしていなかったからな」
 ベルクトはアルムに負け続けてきたが、プライドの高さから、敗北を敗北として認めていなかった。
 しかも国境の戦いでは敗北を恐れ、妖しげな術に頼るというリゲル軍人の誇りを汚すような真似をしてしまった。
「伯父上が最後の戦いに赴く際、俺を戦場に出させようとしなかった理由が、今ならよくわかる。
 俺は敗北から何も学んでいなかったからな……。
 だからアルムに最後の戦いを挑みたいのだ。
 そうすれば俺は、前へ進めそうな気がする。
 お前は城へ戻れ。
 ここから先は俺の戦いだ。俺の勝手にお前が付き合う必要はない」
「ベルクトさま……!」
 リネアに背を向けたまま、祭壇の間の奥に進むベルクトの背中に、リネアの手が伸びる。
 
 何度戦場へ向かうこの背中を見送っただろう。
 そのたびに、自分の弱さに泣いていた。
 戦いを嫌うのは本当の優しさではない。
 愛する人が行く場所なら、たとえどのような場所にでもついていく。
 それが本当の優しさであり、強さではないだろうか。

「私もお供させてください!!」
 ベルクトのマントを掴み、リネアはそう言った。
 あまりに大きな声で言ったので、祭壇の間にリネアの声がワンワンと反響している。
「リネア。お前……」
 今まで聞いたことのないようなリネアの大きな声にベルクトは足をとめ、目をキョトンとさせている。
 そんなベルクトに、リネアは必死の思いで言った。
「最後の戦いというのなら、私もお供させてください。
 回復の魔法でしたら、私でも使うことができます。
 今まで私はベルクトさまを見送ってばかりで、何もすることが出来ませんでした。
 アルムさまにちゃんと負けていないということがベルクトさまの後悔だと仰るのなら、私の後悔はベルクトさまに守られ続けてきたということです。
 だからこの戦い……私もベルクトさまのおそばで戦わせてください。
 私が前へ進むために……!!」
 この戦いについていかなければ、自分は一生ベルクトの顔をまっすぐ見ることができない。
 自分の弱さから逃げ続けてきた女に、ベルクトの隣に立つ資格はないから……。
「そうか。ならばリネア……」
 ベルクトがリネアに、そっと手を差し出す。
 まるでワルツを申し込むかのように。
「一緒に行こう。俺たちの最後の戦いに……」
「はい。ベルクトさま……」
 リネアがその手を取ると、二人は祭壇の前へと進んでいく。
 最後の戦いの相手であるアルムの訪れを、待ち構えるために……。


 リゲルの王子ベルクトと、彼の婚約者リネアがその後どうなったかは定かではない。
 アルム一世との戦いに敗れ命を落としたと語る者がいれば、アルム一世の右腕としてバレンシア統一王国の発展に大きく貢献したと記された書物も存在している。
 ただひとつ確かなことは、ベルクトとリネアはどのような運命を辿っても、いつまでも二人で共に在り続けたということだけである……。