FEH二部完結記念のレーヴァテインとフィヨルムのSS。
レーヴァテインは未入手なので、設定など違っている部分があるかもしれませんがご容赦ください。
レーヴァテインは未入手なので、設定など違っている部分があるかもしれませんがご容赦ください。
【炎剣の心】
雪と氷の国ニフル。
その王国の城が見える小高い丘の上に、少女が一人佇んでいた。
ニフルでは珍しい褐色の肌を持つ少女の名は、レーヴァテイン。
数ヵ月前にこの国に侵攻してきた、炎の王国ムスペルの第二王女だ。
ムスペルとニフルの戦は、最初はニフルの敗北で終わった。
しかしその後、ニフルの第二王女フィヨルムが異世界アスク王国の特務機関ヴァイス・ブレイブの協力を得てスルトを破り、最終的にはニフルの勝利という形で終わっている。
レーヴァテインの目の前には、氷の塊が置かれていた。
それは生き残ったニフル王族の力により生み出された、永遠に溶けることのない氷で作られた慰霊碑だ。
氷の慰霊碑には、ムスペルとの戦いで犠牲になった人々の名前が刻まれている。
慰霊碑に刻まれた名前をひとつひとつ確かめるかのように、レーヴァテインの褐色の指が白い氷をなぞっていく。
「こんなに……たくさん……」
指先に感じる名前の跡は、いつまでなぞっても終わりがないように思える。
(何人殺した? 父上は。姉上は。私は……?)
ここに名前が刻まれた者の中には、自分が殺した者の名前も当然あるだろう。
もしかしたら、いま指の下にある名前が、自分が殺したニフル人の名前かもしれない。
そう想像すると、罪悪感から手を引いてしまいそうになる。
だがレーヴァテインは、そうすることを自分に許さなかった。
刻まれた名前の数は、己が犯した罪の証だ。
罪から目を逸らしてはいけない。
自分はたった一人生き残った、ムスペルの王族なのだから。
王が責任から逃れてはならないのだ。
レーヴァテインは、そのまま慰霊碑に刻まれた名を指先で確かめていく。
ムスペルが奪った命の重みを、心に刻むために。
そうしていたレーヴァテインだったが、ある場所で足を止めた。
「この名前……」
指先にある名前を見ようとするレーヴァテインに、背後から声をかけた者がいた。
「まあ。レーヴァテイン王女ではありませんか」
「フィヨルム王女……」
ニフルの第二王女フィヨルムが、柔らかな笑顔を湛えてそこにいた。
「レーヴァテイン王女。どうしてここに?」
「あの……フィヨルム王女がアスク王国に戻ると聞いて、挨拶をしに……」
自分が来たら迷惑ではないだろうかという思いがあるのか、レーヴァテインはフィヨルムと目を合わせることができず、もじもじとしながらそう話す。
レーヴァテインの様子に構わず、フィヨルムは親しみやすい笑顔を絶やさぬまま言う。
「私に会いに来てくださったのですか?
ありがとうございます。とても嬉しいです」
「う、うん……!」
フィヨルムの笑顔で緊張が解けたのか、レーヴァテインはやっと顔をフィヨルムの方に向けこくこくと頷き、話を続ける。
「それで、城の近くまで来たらここを見つけて、気になったからこっちに来てみた……」
「レーヴァテイン王女がここへ来られたのは偶然なのですね。
それは良かった……もしもそのまま城へ向かっていたら、入れ違いになっていたでしょう。
私はアスク王国へ出立する前に、皆に挨拶をしておこうと思い、ここへ来たのです」
「あ……そうなんだ……」
フィヨルムがアスク王国に戻るというのは聞いていたが、いつニフルを離れるかまでは知らなかったレーヴァテインは、自分の迂闊さに気落ちをする。
フィヨルムの言う通り、あのまま城に向かっていたら、フィヨルムとこうして会うことは出来なかっただろう。
こういったことは、事前に訪問の日時を定めておくべきだった。
今までは姉のレーギャルンが日常の些事をすべて決めていてくれたが、これからは自分の意思で決めなければならないのだ。
王族であるという以前に、一人の人間として未熟な自分の不甲斐なさを感じ、レーヴァテインは思わず顔を俯かせる。
レーヴァテインがそうしているとフィヨルムは先程までレーヴァテインがしていたように、慰霊碑に刻まれた名を雪のような白い指で触れ、その名を呟く。
「スリーズ姉様。レーギャルン王女……」
そこにあったのは、この戦いで命を落としたニフルとムスペルの第一王女の名前だった。
「姉上……」
レーヴァテインが足を止めたのは、石碑の中に亡き姉レーギャルンの名を見つけたからだ。
「フィヨルム王女。どうして姉上の名前がそこに……?」
「あっ……。申し訳ございません。レーヴァテイン王女に何の断りもなくレーギャルン王女の名前を入れてしまって……。
気分を害されたようでしたら、すぐに削るよう指示を出します」
「ううん! そんなことない!!
ただ、姉上の名前がそこにあっていいのかと思っただけ……」
レーヴァテインは不思議に思ったのだ。
ムスペルの第一王女であった姉レーギャルンは、父や自分と共に数多くのニフル兵の命を奪った。
憎まれはすれど、魂の安らぎを願われる道理はないはずだ。
「私も姉上もニフルと戦った。ニフルの兵士をたくさん殺した。
許されていいはずじゃない。それなのに、どうして……」
拭えぬ過去の罪を思い返すレーヴァテインは、その罪の重さに耐えきれず、がくりとその場に膝をつく。
「レーヴァテイン王女……」
今にも泣き出しそうな顔をしたレーヴァテインの肩に、フィヨルムがそっと右手を置く。
そして優しく穏やかな声色で、逆に問いかけてきた。
「レーヴァテイン王女。王女は、ムスペルでは『炎剣』と呼ばれていたのですよね?」
「うん……」
何をいきなり聞いてきたのだろう。
わけのわからないまま、レーヴァテインはフィヨルムの問いにコクりと頷いて答える。
『炎剣』とは王女レーヴァテインを指す名であると同時に、レーヴァテインが持つ剣を指す名前でもある。
この呼び名はあまり好きではない。
『炎剣』と呼ばれ続けていると、自分が剣であるか人であるかを忘れてしまいそうになるから。
フィヨルムは話を続ける。
「剣というものは、それだけでは人を殺めることはできません。
使い手が剣を持つことで、剣は人を殺す道具になるのです。
レーヴァテイン王女が剣だというのなら、使い手はスルト……。
我らニフルは剣の使い手を憎んだとしても、剣そのものを憎むことはありません。
剣は使い手の心ひとつで、人殺しの道具にも、人を生かす道具にもなるのですから。
そしてレーギャルン王女は、良き剣の使い手でした……」
「良き使い手……姉上が……?」
「はい。ニフルの民達はみな、敗戦国の民である自分達に対し、温情を持って接してくれたレーギャルン王女に感謝しております。
もしも仮に、スルトがニフルとの戦いの後アスク王国に侵攻せず、ニフルの占領を続けていたら、ニフルの死者はこの石碑に刻まれた名の数をはるかに上回っていたことでしょう。
それを防いでくれたのが、あなたの姉君であるレーギャルン王女です。
彼女の死を、ニフルの民は悼んでおります。
それゆえ、慰霊碑に名前を刻ませていただきました」
「みんな……恨んでいないの……?」
敵国の王女であった姉の死を、ニフルの民は悲しんでくれている。
優しさは弱者の証しと父スルトに教えられてきたレーヴァテインにとって、それは信じられないことだったが、フィヨルムの笑顔がそれを真実だと語っている。
「はい。ニフルの民はレーギャルン王女を恨むことはありません。あなたのこともです。
あなたはレーギャルン王女のもとに居続けることが出来ていたら、人を生かす良き剣になれたはず……。
使い手によって姿が変わる剣を憎むことなど、我らにはできません。
だからどうか、自分を責めないでください……」
フィヨルムの手が、レーヴァテインの手にそっと優しく添えられる。
炎の剣を振るい続けてきたその手の罪を、許すかのように。
「フィヨルム王女……」
こぼれ落ちそうな涙をこらえ、レーヴァテインが言う。
「私は良き剣に……なれると思う……?」
これから炎剣レーヴァテインの使い手となるのは、炎剣と同じ名を持つレーヴァテイン自身だ。
誰かの命令のもとで剣を振るうのではなく、自分の意思で剣を使わなければならない。
そのことに対する不安を、レーヴァテインは口にする。
レーヴァテインの言葉を聞き、フィヨルムはこう答えた。
「なれますとも。あなたには、心があるのですから」
心を持った剣が、道をあやまることはない。
そう言い切ったフィヨルムの顔は、自信に満ちている。
「あっ……ありがとう……!」
誰かから信じられる喜びに、レーヴァテインの瞳から涙がこぼれ落ちていく。
その涙は空っぽだった炎剣の心を、また一つ埋めていった……。
雪と氷の国ニフル。
その王国の城が見える小高い丘の上に、少女が一人佇んでいた。
ニフルでは珍しい褐色の肌を持つ少女の名は、レーヴァテイン。
数ヵ月前にこの国に侵攻してきた、炎の王国ムスペルの第二王女だ。
ムスペルとニフルの戦は、最初はニフルの敗北で終わった。
しかしその後、ニフルの第二王女フィヨルムが異世界アスク王国の特務機関ヴァイス・ブレイブの協力を得てスルトを破り、最終的にはニフルの勝利という形で終わっている。
レーヴァテインの目の前には、氷の塊が置かれていた。
それは生き残ったニフル王族の力により生み出された、永遠に溶けることのない氷で作られた慰霊碑だ。
氷の慰霊碑には、ムスペルとの戦いで犠牲になった人々の名前が刻まれている。
慰霊碑に刻まれた名前をひとつひとつ確かめるかのように、レーヴァテインの褐色の指が白い氷をなぞっていく。
「こんなに……たくさん……」
指先に感じる名前の跡は、いつまでなぞっても終わりがないように思える。
(何人殺した? 父上は。姉上は。私は……?)
ここに名前が刻まれた者の中には、自分が殺した者の名前も当然あるだろう。
もしかしたら、いま指の下にある名前が、自分が殺したニフル人の名前かもしれない。
そう想像すると、罪悪感から手を引いてしまいそうになる。
だがレーヴァテインは、そうすることを自分に許さなかった。
刻まれた名前の数は、己が犯した罪の証だ。
罪から目を逸らしてはいけない。
自分はたった一人生き残った、ムスペルの王族なのだから。
王が責任から逃れてはならないのだ。
レーヴァテインは、そのまま慰霊碑に刻まれた名を指先で確かめていく。
ムスペルが奪った命の重みを、心に刻むために。
そうしていたレーヴァテインだったが、ある場所で足を止めた。
「この名前……」
指先にある名前を見ようとするレーヴァテインに、背後から声をかけた者がいた。
「まあ。レーヴァテイン王女ではありませんか」
「フィヨルム王女……」
ニフルの第二王女フィヨルムが、柔らかな笑顔を湛えてそこにいた。
「レーヴァテイン王女。どうしてここに?」
「あの……フィヨルム王女がアスク王国に戻ると聞いて、挨拶をしに……」
自分が来たら迷惑ではないだろうかという思いがあるのか、レーヴァテインはフィヨルムと目を合わせることができず、もじもじとしながらそう話す。
レーヴァテインの様子に構わず、フィヨルムは親しみやすい笑顔を絶やさぬまま言う。
「私に会いに来てくださったのですか?
ありがとうございます。とても嬉しいです」
「う、うん……!」
フィヨルムの笑顔で緊張が解けたのか、レーヴァテインはやっと顔をフィヨルムの方に向けこくこくと頷き、話を続ける。
「それで、城の近くまで来たらここを見つけて、気になったからこっちに来てみた……」
「レーヴァテイン王女がここへ来られたのは偶然なのですね。
それは良かった……もしもそのまま城へ向かっていたら、入れ違いになっていたでしょう。
私はアスク王国へ出立する前に、皆に挨拶をしておこうと思い、ここへ来たのです」
「あ……そうなんだ……」
フィヨルムがアスク王国に戻るというのは聞いていたが、いつニフルを離れるかまでは知らなかったレーヴァテインは、自分の迂闊さに気落ちをする。
フィヨルムの言う通り、あのまま城に向かっていたら、フィヨルムとこうして会うことは出来なかっただろう。
こういったことは、事前に訪問の日時を定めておくべきだった。
今までは姉のレーギャルンが日常の些事をすべて決めていてくれたが、これからは自分の意思で決めなければならないのだ。
王族であるという以前に、一人の人間として未熟な自分の不甲斐なさを感じ、レーヴァテインは思わず顔を俯かせる。
レーヴァテインがそうしているとフィヨルムは先程までレーヴァテインがしていたように、慰霊碑に刻まれた名を雪のような白い指で触れ、その名を呟く。
「スリーズ姉様。レーギャルン王女……」
そこにあったのは、この戦いで命を落としたニフルとムスペルの第一王女の名前だった。
「姉上……」
レーヴァテインが足を止めたのは、石碑の中に亡き姉レーギャルンの名を見つけたからだ。
「フィヨルム王女。どうして姉上の名前がそこに……?」
「あっ……。申し訳ございません。レーヴァテイン王女に何の断りもなくレーギャルン王女の名前を入れてしまって……。
気分を害されたようでしたら、すぐに削るよう指示を出します」
「ううん! そんなことない!!
ただ、姉上の名前がそこにあっていいのかと思っただけ……」
レーヴァテインは不思議に思ったのだ。
ムスペルの第一王女であった姉レーギャルンは、父や自分と共に数多くのニフル兵の命を奪った。
憎まれはすれど、魂の安らぎを願われる道理はないはずだ。
「私も姉上もニフルと戦った。ニフルの兵士をたくさん殺した。
許されていいはずじゃない。それなのに、どうして……」
拭えぬ過去の罪を思い返すレーヴァテインは、その罪の重さに耐えきれず、がくりとその場に膝をつく。
「レーヴァテイン王女……」
今にも泣き出しそうな顔をしたレーヴァテインの肩に、フィヨルムがそっと右手を置く。
そして優しく穏やかな声色で、逆に問いかけてきた。
「レーヴァテイン王女。王女は、ムスペルでは『炎剣』と呼ばれていたのですよね?」
「うん……」
何をいきなり聞いてきたのだろう。
わけのわからないまま、レーヴァテインはフィヨルムの問いにコクりと頷いて答える。
『炎剣』とは王女レーヴァテインを指す名であると同時に、レーヴァテインが持つ剣を指す名前でもある。
この呼び名はあまり好きではない。
『炎剣』と呼ばれ続けていると、自分が剣であるか人であるかを忘れてしまいそうになるから。
フィヨルムは話を続ける。
「剣というものは、それだけでは人を殺めることはできません。
使い手が剣を持つことで、剣は人を殺す道具になるのです。
レーヴァテイン王女が剣だというのなら、使い手はスルト……。
我らニフルは剣の使い手を憎んだとしても、剣そのものを憎むことはありません。
剣は使い手の心ひとつで、人殺しの道具にも、人を生かす道具にもなるのですから。
そしてレーギャルン王女は、良き剣の使い手でした……」
「良き使い手……姉上が……?」
「はい。ニフルの民達はみな、敗戦国の民である自分達に対し、温情を持って接してくれたレーギャルン王女に感謝しております。
もしも仮に、スルトがニフルとの戦いの後アスク王国に侵攻せず、ニフルの占領を続けていたら、ニフルの死者はこの石碑に刻まれた名の数をはるかに上回っていたことでしょう。
それを防いでくれたのが、あなたの姉君であるレーギャルン王女です。
彼女の死を、ニフルの民は悼んでおります。
それゆえ、慰霊碑に名前を刻ませていただきました」
「みんな……恨んでいないの……?」
敵国の王女であった姉の死を、ニフルの民は悲しんでくれている。
優しさは弱者の証しと父スルトに教えられてきたレーヴァテインにとって、それは信じられないことだったが、フィヨルムの笑顔がそれを真実だと語っている。
「はい。ニフルの民はレーギャルン王女を恨むことはありません。あなたのこともです。
あなたはレーギャルン王女のもとに居続けることが出来ていたら、人を生かす良き剣になれたはず……。
使い手によって姿が変わる剣を憎むことなど、我らにはできません。
だからどうか、自分を責めないでください……」
フィヨルムの手が、レーヴァテインの手にそっと優しく添えられる。
炎の剣を振るい続けてきたその手の罪を、許すかのように。
「フィヨルム王女……」
こぼれ落ちそうな涙をこらえ、レーヴァテインが言う。
「私は良き剣に……なれると思う……?」
これから炎剣レーヴァテインの使い手となるのは、炎剣と同じ名を持つレーヴァテイン自身だ。
誰かの命令のもとで剣を振るうのではなく、自分の意思で剣を使わなければならない。
そのことに対する不安を、レーヴァテインは口にする。
レーヴァテインの言葉を聞き、フィヨルムはこう答えた。
「なれますとも。あなたには、心があるのですから」
心を持った剣が、道をあやまることはない。
そう言い切ったフィヨルムの顔は、自信に満ちている。
「あっ……ありがとう……!」
誰かから信じられる喜びに、レーヴァテインの瞳から涙がこぼれ落ちていく。
その涙は空っぽだった炎剣の心を、また一つ埋めていった……。