とある王の物語外伝。今回はフェルナンとクレーべ&クレアの短編。
ベルリネの出番はありません。
ベルリネの出番はありません。
【友との別れの物語】
「……ナン……フェルナン……!」
(これは……クレーベの声……)
光の向こう側から、クレーべの声が聞こえる。
しかしこれは聞こえるはずのない声だ。
自分は死んだ。道を違えてしまった友の腕の中で……。
なのになぜ、クレーべの声が聞こえるのだろう。
不思議に思ったフェルナンが目を開ける。
目覚めた瞬間見えたものは見知らぬ天の国ではなく、懐かしい友の姿だった。
「クレーベ……どうしてお前がここにいる……。もしやお前も……」
自分と同じ場所にクレーベがいるということは、クレーベも道半ばで倒れたのだろうか。
そう思い悲しげな顔を浮かべたフェルナンだったが、クレーベは首を左右に振り、笑ってそれを否定した。
「安心してくれ。これは、私がお前のいる場所に来たのではない。
お前が私達のいる場所に帰ってきたのだ」
「帰って……きた……?」
重い体をフェルナンが起こすとそこには、ソフィア解放軍の仲間達がいた。
己の身に何が起きたのか理解したフェルナンが呟く。
「俺は帰ってきたのか……この世界に……」
人の手により神が倒されたその日。
一組の恋人に与えられた奇跡は、同じ日に命を失った一人の騎士にも与えられていた。
それから数日後……。
休息を取り、戦いの疲れを癒したソフィア解放軍の兵士達は、帰国の途につくため城門前の広場に整列していた。
あとはこの戦いを終わらせた功労者の一人であり、ソフィア王国の正当なる後継者であるアンテーゼ王女を先頭に、国へ向かうだけだ。
帰国の号令を出すのはソフィアの騎士であるクレーべなのだが、そのクレーべはまだ兵士達が待つ広場まで来ていなかった。
「フェルナン。しばしの別れだ」
「ああ……」
クレーべは城門からは見えない場所で、フェルナンと別れ言葉を交わしていた。隣には、彼の妹のクレアもいる。
三人は幼い頃からの友人同士。三人だけで別れの言葉を交わす時間が、彼らには必要だった。
「フェルナン……本当に一緒に来てくれませんの?」
クレアが寂しげにフェルナンにそう訊く。
「すまないな、クレア。これはもう決めたことなのだ。
俺はこのままリゲルの地で、ベルクト様にお仕えすると……」
フェルナンの故郷はソフィア王国だ。
戦の最中に感情の行き違いで袂を分かってしまったが、こうして和解できた今、ソフィアに帰ってきてくれるものだとクレアは思い込んでいた。
しかしフェルナンは、リゲルに残ることを決めていた。
「俺は仲間を捨て、祖国を裏切り、その先でベルクト様に忠誠を捧げた。
ここでまた捧げた忠誠を捨てたとなったら、それこそ貴族の名折れだからな」
「フェルナンが自分で決めたことなんだ。困らせてはいけないよ、クレア」
「はい、お兄様……」
兄と、兄のように慕っていた二人にそう言われては、気の強いクレアも退かざるを得ない。
「それにリゲルにはアルムも残るんだ。
平民育ちのアルムが王としての務めを果たせるよう、誰かが支えてやらなければならないからな」
しょぼんとしているクレアを励ますように、フェルナンは笑顔でそういって、クレアの頭をポンと撫でる。
リゲルには、リゲルの皇帝ルドルフの実子であったアルムも残ることになっていく。
いくらその身に皇帝のものが流れているとしても、ただの村人として育てられたアルムがいきなり国を治められるはずがない。
「そうですわね……支える手は多い方が良いですもの」
自分の頭に手を置いたクレアが顔をあげ、微笑みながらそう言う。
先の戦いで、アルムは多くの仲間たちの支えにより、長く苦しい戦いを生き抜いた。
これから始まる新たな戦いでも、多くの支えを必要とするだろう。
ソフィアの復興もある今、解放軍の仲間たちがアルムを支えることは出来ない。
それが出来るのは、解放軍から籍を抜いたフェルナンだけだろう……。
「アルムをしっかり支えてあげてくださいね、フェルナン」
クレアは頭に置かれていたフェルナンの手を離し、その手を固く握りしめて言う。
「ああ。先の戦争の間、アルムの力になれなかった分まで、支えてみせるさ」
今までアルムは、クレーべ達に支えられてきた。
けれど今度は自分がアルムを支えていく。
その決意の固さを伝えるかのように、フェルナンはクレアの手をしっかりと握り返した。
「クレーべ様。どちらにいらっしゃいますかー!」
三人がそうしていると、クレーべを探す兵の声が聞こえてきた。
「おっと。さすがにそろそろ行かなくてはいけないな」
「今度こそ、本当にお別れですのね……」
フェルナンの決意を知っても、やはりまだ別れがたいのか、クレアが名残惜しそうな表情を浮かべる。
「クレア。そんな顔をするんじゃない。
これがフェルナンとの今生の別れではないんだぞ」
「そうだぞ、クレア。
ソフィアとリゲルの戦争はもう終わったんだ。
外交関連の任で俺がソフィアに赴くこともあるだろう。
もう二度と会えないというわけではない」
「そうですわね……お兄様とマチルダ様の結婚式もありますし……。
フェルナンは当然お祝いに来ますわよね?」
「もちろんだ。クレーべとマチルダは、俺の大切な友だからな」
(大切な友……)
フェルナンの言ったその言葉を、クレーべが心の中で強く噛み締める。
ソフィアで袂を別った時は、二度と聞けないと思っていたその言葉を再び聞くことが出来た。
それだけで、この戦いを生き抜くことが出来て良かったと思えた。
「それではフェルナン。どうかお元気で……」
最後の別れは、クレアが切り出した。
「お前達も元気で……」
「また会おう、フェルナン」
「ああ。またな……」
そう言って、クレーべとクレアは解放軍が待つ広場へ向かい歩いていく。
(また、か……)
一度目の別れの時も、二度目の別れの時も、クレーべ達との間に「また」があるとは思っていなかった。
だが、今日訪れた三度目の別れでは、三人とも「また」があると信じている。
(良いものだな。こういう別れは……)
怒りも悲しみもない、明日への希望に満ちた別れ。
そんな別れの余韻に浸るかのように、フェルナンはいつまでも、解放軍の背中を見送っていた……。
「……ナン……フェルナン……!」
(これは……クレーベの声……)
光の向こう側から、クレーべの声が聞こえる。
しかしこれは聞こえるはずのない声だ。
自分は死んだ。道を違えてしまった友の腕の中で……。
なのになぜ、クレーべの声が聞こえるのだろう。
不思議に思ったフェルナンが目を開ける。
目覚めた瞬間見えたものは見知らぬ天の国ではなく、懐かしい友の姿だった。
「クレーベ……どうしてお前がここにいる……。もしやお前も……」
自分と同じ場所にクレーベがいるということは、クレーベも道半ばで倒れたのだろうか。
そう思い悲しげな顔を浮かべたフェルナンだったが、クレーベは首を左右に振り、笑ってそれを否定した。
「安心してくれ。これは、私がお前のいる場所に来たのではない。
お前が私達のいる場所に帰ってきたのだ」
「帰って……きた……?」
重い体をフェルナンが起こすとそこには、ソフィア解放軍の仲間達がいた。
己の身に何が起きたのか理解したフェルナンが呟く。
「俺は帰ってきたのか……この世界に……」
人の手により神が倒されたその日。
一組の恋人に与えられた奇跡は、同じ日に命を失った一人の騎士にも与えられていた。
それから数日後……。
休息を取り、戦いの疲れを癒したソフィア解放軍の兵士達は、帰国の途につくため城門前の広場に整列していた。
あとはこの戦いを終わらせた功労者の一人であり、ソフィア王国の正当なる後継者であるアンテーゼ王女を先頭に、国へ向かうだけだ。
帰国の号令を出すのはソフィアの騎士であるクレーべなのだが、そのクレーべはまだ兵士達が待つ広場まで来ていなかった。
「フェルナン。しばしの別れだ」
「ああ……」
クレーべは城門からは見えない場所で、フェルナンと別れ言葉を交わしていた。隣には、彼の妹のクレアもいる。
三人は幼い頃からの友人同士。三人だけで別れの言葉を交わす時間が、彼らには必要だった。
「フェルナン……本当に一緒に来てくれませんの?」
クレアが寂しげにフェルナンにそう訊く。
「すまないな、クレア。これはもう決めたことなのだ。
俺はこのままリゲルの地で、ベルクト様にお仕えすると……」
フェルナンの故郷はソフィア王国だ。
戦の最中に感情の行き違いで袂を分かってしまったが、こうして和解できた今、ソフィアに帰ってきてくれるものだとクレアは思い込んでいた。
しかしフェルナンは、リゲルに残ることを決めていた。
「俺は仲間を捨て、祖国を裏切り、その先でベルクト様に忠誠を捧げた。
ここでまた捧げた忠誠を捨てたとなったら、それこそ貴族の名折れだからな」
「フェルナンが自分で決めたことなんだ。困らせてはいけないよ、クレア」
「はい、お兄様……」
兄と、兄のように慕っていた二人にそう言われては、気の強いクレアも退かざるを得ない。
「それにリゲルにはアルムも残るんだ。
平民育ちのアルムが王としての務めを果たせるよう、誰かが支えてやらなければならないからな」
しょぼんとしているクレアを励ますように、フェルナンは笑顔でそういって、クレアの頭をポンと撫でる。
リゲルには、リゲルの皇帝ルドルフの実子であったアルムも残ることになっていく。
いくらその身に皇帝のものが流れているとしても、ただの村人として育てられたアルムがいきなり国を治められるはずがない。
「そうですわね……支える手は多い方が良いですもの」
自分の頭に手を置いたクレアが顔をあげ、微笑みながらそう言う。
先の戦いで、アルムは多くの仲間たちの支えにより、長く苦しい戦いを生き抜いた。
これから始まる新たな戦いでも、多くの支えを必要とするだろう。
ソフィアの復興もある今、解放軍の仲間たちがアルムを支えることは出来ない。
それが出来るのは、解放軍から籍を抜いたフェルナンだけだろう……。
「アルムをしっかり支えてあげてくださいね、フェルナン」
クレアは頭に置かれていたフェルナンの手を離し、その手を固く握りしめて言う。
「ああ。先の戦争の間、アルムの力になれなかった分まで、支えてみせるさ」
今までアルムは、クレーべ達に支えられてきた。
けれど今度は自分がアルムを支えていく。
その決意の固さを伝えるかのように、フェルナンはクレアの手をしっかりと握り返した。
「クレーべ様。どちらにいらっしゃいますかー!」
三人がそうしていると、クレーべを探す兵の声が聞こえてきた。
「おっと。さすがにそろそろ行かなくてはいけないな」
「今度こそ、本当にお別れですのね……」
フェルナンの決意を知っても、やはりまだ別れがたいのか、クレアが名残惜しそうな表情を浮かべる。
「クレア。そんな顔をするんじゃない。
これがフェルナンとの今生の別れではないんだぞ」
「そうだぞ、クレア。
ソフィアとリゲルの戦争はもう終わったんだ。
外交関連の任で俺がソフィアに赴くこともあるだろう。
もう二度と会えないというわけではない」
「そうですわね……お兄様とマチルダ様の結婚式もありますし……。
フェルナンは当然お祝いに来ますわよね?」
「もちろんだ。クレーべとマチルダは、俺の大切な友だからな」
(大切な友……)
フェルナンの言ったその言葉を、クレーべが心の中で強く噛み締める。
ソフィアで袂を別った時は、二度と聞けないと思っていたその言葉を再び聞くことが出来た。
それだけで、この戦いを生き抜くことが出来て良かったと思えた。
「それではフェルナン。どうかお元気で……」
最後の別れは、クレアが切り出した。
「お前達も元気で……」
「また会おう、フェルナン」
「ああ。またな……」
そう言って、クレーべとクレアは解放軍が待つ広場へ向かい歩いていく。
(また、か……)
一度目の別れの時も、二度目の別れの時も、クレーべ達との間に「また」があるとは思っていなかった。
だが、今日訪れた三度目の別れでは、三人とも「また」があると信じている。
(良いものだな。こういう別れは……)
怒りも悲しみもない、明日への希望に満ちた別れ。
そんな別れの余韻に浸るかのように、フェルナンはいつまでも、解放軍の背中を見送っていた……。